p8.JPG 枇杷の実

枇杷の実

今年も、玄関先の枇杷の実は、
たわわに実り枝を枝垂れさせる。
望みの人は、既に居ないままに。
梅雨のある日の憂鬱。

悲しみも喜びも、既に其処には無く。
あるのは、待ち人の居ない、居間の片隅。
寂寥の日々は、無常に流れ、
振り返る事さえも与えさせずに。

幾遍、幾万遍、その名を呼びざらんや。
過ぎては帰らぬ、梅雨の過日よ。
どの様な形であれ、傍らに。
供にある事が、唯一の。

赤銅色の太い手は、あの日私を撫でてくれた手。
大きく広い背は、疲れた私の眠る場所。
言葉尽くせず、想い残して。
幼子が添える、枇杷の実一房。