親友へ


ある浜辺で化石の入った石を拾う。
亡き友人を思い浮かべながら。
時は五月、春霞の煙る凪の白浜にて。


その石を息子は先生に見せようと学校に持って行った。
先生に見せる前にクラスのある男子達に投げ捨てられ、駐車場の砂利に叩きつけられ割れてしまった。
家に帰ると息子はごめんなさいを繰返す。
私は抱きしめ怒ってないよと出来る限り優しい声で言った。


思い出は物に宿るのではない、その心だ。
今や記憶の隙間にある彼女を思い出す。


最後の別れは病室だった。
危篤と聞いたとき私は毛玉だらけのフリースをシャツの上に羽織っただけで12月末の深夜、車を走らせた。
着くと妹さんが待っていた。妹さんとは会社の同僚で私の後輩だ。
妹と親しくなるうちに、姉である彼女と同い年と言う事もあり友達になった。
まだご両親以外の親族は来られてなかった。自己紹介も兼ねて簡単な挨拶を済ませると、妹さんが病室へ案内してくれた。


ベットに眠っているだけのような彼女が居た。
彼女の腕に触れる。まだ温かい。しかし、生きてる人の温もりとはもう違う。
彼女はベットの上で素っ裸であった。その上に入院患者用の浴衣が掛けられているだけだった。
余りにぞんざいな感じに軽いショックを覚え、眩暈にも似た感覚が私を襲った。
脚に触れる。失われてゆく温もりをどうにかしようと私は無意識にさすっていた。
「お医者さんがね家族と話して最後のお別れしなさいって言ったから、だからね、もう、しようがないよ」
さする手が止まらない私を見て妹さんはそう言った。
「うんうん」かくかくと頷き、釈然としないまま手を離す。頭で理解できない。
病室を出て再びご両親に挨拶し、当時同じ現場で働いていた妹さんに仕事は落ち着いたらゆっくり出社するように伝えた。
暫く病室前の薄暗いローカで、しわぶき一つないままに無言で皆と腰掛けていた。
妹さんが私を気遣い「もう大丈夫」と言うと玄関まで送ってくれた。
深夜をかなりまわり、何時夜が明けるかわからない状態だった。
放心したまま家に帰った。
泣く事さえ忘れたかのように朝には普通に出勤していた。


お葬式に行きたかったのだが現場の隊長であった故、何より妹さんとその同僚が抜けている為やむおえず出席出来なかった。
私がお悔やみに実家へむかったその日は、彼女の家で忘年会をしようと約束した日だった。
忙しいながらも準備しお互い楽しみにしていた。


あれから幾つ時が過ぎただろう。子供が石をなくしてからでも一年以上は過ぎている。
妹さんもあれから暫くして退職した。
共通の知人も今では疎遠となった。
時だけが流れ気持ちは変わらなかった。
いままでもそうであった様に、これからもずっと親友でありたい。


彼女のことを書くのはこれが最後。
詩の「再会」と一応フィクションにした「風のアルゴリズム」は彼女に捧げた私からのささやかな哀悼の意です。
後の思い出は私の胸にいつまでも輝き続けるだろう、彼女の微笑みのように。


親しい人を失うたびに想う。
愛は形を変え再び帰ってくる。
そう信じて生きてゆく。


合掌